東京都の「BL規制」についてのちょっとした考察

BLが危ない!

 BLコミックが大変なことになっている。東京都の青少年健全育成条例で規定されている、不健全図書の指定が2018年の12月から2019年7月まで、すべて女性向けのポルノであるBLになっているのである*1。この指定を受けると、区分陳列をしなければならなくなる。またAMAZONでも販売が停止されてしまう。東京都の指定は東京都だけの問題ではなく、全国のBLファンにとっての問題なのだ。

 

 7月28日、さいたま市大宮区で行われた「SF大会」で、「ボーイズラブはなぜ有害なのか」と題した分科会に登壇させていただいた。会場は満杯であり立ち見も出ていた。BL規制に対する関心度の高さがうかがえた。BL作家さんの当事者としての意見や議事録の改ざん問題についてお話が聞け、私にとっても大変参考になった。

 

 しかし、一時間半という限られた時間の中で、話せなかった内容もあったのでちょっとブログに書こうかなと思った次第である。

 

官製社会問題としての「BL」


 なんで8か月にわたってBLが規制され続けているんだろうか。とりあえず議事録から、指定する図書を決めている人たちの発言からBLの何が問題だと思っているのか見ていこうと思う。


 東京都の審議会の人たちは、BLが今増えていて、表現がエスカレートしているのだと考えているらしい。703回の東京都青少年健全育成審議会で青少年課長は、あくまで指定はBLに着目しているわけではないと前置きをしつつ次のように述べている。


いったいなんでこういうものが増えているのかであるとか、こうした描写のエスカレーションがなぜ起きているのかというところにつきましては、我々でも実態はよくわかっていないところも多々ありますので」(東京都青少年健全育成審議会代703回議事録の8-9頁)


 要するに、BLを狙い撃ちしているわけではないが、過激なBL本が増えているから仕方なく我々は指定しているのだ、ということだ。ほかの委員からも同様の発言はちょくちょく出ている。しかし、本当にそうなんだろうか?東京都の職員が、BLが問題だと思い、BLに着目したからこそBLが社会を乱していることが問題となっているのではないか?管見の限りでは、内容が過激になっているとか、BLジャンルの発売部数が増えているとかいったことを示すデータを東京都は示していない。とどのつまり、BLが増えているというのは都の主観に過ぎない*2


 そういう官の側が注目したことによって「発生した」問題を「官製社会問題」という。同じような例として、「非実在青少年」問題があげられる。そもそも社会の動態は変わっていないのに、「非実在青少年」という概念を持ち出して、問題が「存在する」と喧伝し社会問題化しようとしたのは東京都のほうだ。BLについても、都職員がBLに注目しているからBLが問題になっているに過ぎないんじゃないか。


 じゃあなんでBLが注目されているのか?という問いが次に出てくる。次はこの問いについて考えてみたい。


なぜBLは注目されるのか?


 以前は、男性向けが主な規制の対象だった。90年代前半に起こった「有害コミック騒動」でも話題になっていたのは男性向けだった。山本直樹先生(SF大会ではお世話になりました)の『BLUE』もその一つだ。


 指定を回避するために生み出されたのが「成年コミックマーク」である。エロ漫画の表紙にある黄色いあれだ。あれをつけることによって業界の自主規制として区分陳列がなされる。東京都が規制を行う理由として、青少年の目に過剰で有害な性表現が入ってしまうことがあげられるため、区分して陳列(要するにゾーニング)すれば、規制の対象にはならない。『BLUE』も指定後にマークを付けた形で再販売されることとなった。


 となると、男性向けのポルノチックなマンガは最初から業界の自主規制によって青少年の目に入らない形での販売が基本となることになる。この流れがどんどん押し進められれば、グレーゾーンが少なくなり、男性向けのそういったマンガは規制の対象になることはなくなる。では、女性向けではどうか?


 女性向けのポルノは、成年マークを付けた形で販売されないことのほうが圧倒的に多い。有害コミック騒動の時も規制の対象にそれらが含まれてはいなかったし、つける必要性なんて業界団体にはみじんも感じられなかったというのも一つの理由としてあるだろう。女性向けのBLのコーナーが書店に設けられていることはあったとしても、男性向けのように「R18」と書いてある暖簾の中にBLがおいてあるということはない。青少年はR18コーナーに入れなくても、BLコーナーには入ることができるため、東京都にとってしてみれば、区分陳列がされていないとみなされることになる。男性向けが区分陳列されていて、女性向けはされていない。こうなると規制の矛先は女性向けに向かうことになる。その結果があの異様なBLに対する連続不健全指定につながっているんじゃないか。

 

「じゃあ、区分陳列すればいいじゃん」という意見に対する反論


 「じゃあ、女性向けポルノも区分陳列すればいいじゃないの」という声もある。今まで女性向けポルノが区分陳列されていなかったことが問題なのであって、男性向けと同じようにすれば青少年の目にも入らず問題はなくなるではないか、と。しかし、事態はそうは簡単じゃないのだ。


 そもそも、なんで女性向けのポルノが区分陳列されてこなかったか。規制の対象になることがなく、業界団体がその必要に追われていなかったというのも一つだが、「女性がポルノコーナーは入れるの?男性と違って入りづらいよね」という理由もある。


 男性だってポルノ買うときは恥ずかしいじゃん!と思われるかもしれないが、女性には男性と異なる、ポルノを買うときの都合の悪い状況がある。ジェンダー論の分野において、「性のダブルスタンダード」と呼ばれている社会規範である。この規範は男女に異なった仕方で、しかも非対称的に作用する。男性がポルノを読もうがそれは「本能だ」とか、「自然だ」とか、「男性だから仕方ない」とか言われたりする。しかし、女性がポルノを読んでいたら、「淫乱女だ」とか「病気だ」とか言われてしまったりする。少なくとも、男性より、女性のほうがポルノを楽しむことに対する社会的障壁は大きい。ポルノを安全に楽しむことができるのはもっぱらヘテロセクシュアルの男性だけだということもできるだろう。

 

 こういう社会規範が存在する現状で、女性向けポルノを区分陳列したらどうなるか。女性はポルノを読んでいるとバレてはならないので、「R18」と書いてある暖簾をくぐることができる人はそうはいないし、入っていくと男性以上に軽蔑やあざ笑いの目で見られることになる。そういうリスクをしょって女性がそのコーナーに入るか?いや、多くの人は入れないだろう。電子書籍でやればいいかもしれないが、となると書店からBLは消え失せることとなる。上記の理由によって売れないからだ*3


 また、女性向け専用のポルノコーナーを設置できるのかという問題もある。区分陳列をするとなると男性向けと扱いは同じになるため、男性向けのポルノも置いてあるところにBLが並べられることになる。女性は入りづらい。女性向け専用の区分陳列されたスペースを作ろうとしても、そんなスペースがある本屋なんて少数だろう。


 このように、「女性向けであってもポルノだから区分陳列すればいいじゃん!」という意見は上記のような問題を解決できない点で安直すぎるのだ*4ここら辺の議論については、コミケ3日目の西けー26aで売っている同人誌に詳細に書いているので買ってください(ダイマ)。


 こう考えてみると東京都のBL規制はこのような「性のダブルスタンダード」の問題を無視した、ある意味極めて女性に抑圧的、差別的な規制なのではないだろうかという思いも湧いてくる。東京都は、この問題について「だって青少年に悪影響が~」とか、「だってお前らだって子供にこれを見せたくないでしょ~」などと、EBPM(証拠に基づいたポリシーメイキング)も糞もない変な理論を振りかざすだけではなくて、もっと、君たちのやっている規制がもたらしている影響について考えるべきだ*5

 

*1:BLをポルノと呼ぶことについて議論の余地はあるだろうが以降の立論の都合上、ここではBLのことを女性向けポルノとみなしている

*2:出版部数などのデータがあればよかったのだが、東京都も何もデータを出していないことと、調べても出てこなかったので描いていなかったのだが、わかりづらいという意見があったので追記。データがある人は教えてほしい。

*3:守如子『女はポルノを読む』を読むとこの議論はわかりやすいかもしれない。「当事者だけど、大人なんだから買えるわ!なめるな!」という意見もあるかもしれないが、一般論としてそういう規範が存在して行動を阻害しているということは否定できない。どういった形でゾーニングすべきか(あるいはしないか)といったことについては議論が必要だろう。以上、つけていただいたコメントを見て補足。

*4:ゾーニングをすべきではない」と言っているのではなく、状況に合わせたゾーニング方法が必要なのではないかという問題提起である。

waseda-erotica.hatenablog.com

その点についての考察は上記の記事に書いたので(答えは出ていないのだが)参考までに

*5:東京都は指定する際に、成人がアクセスしづらくなるということを考慮に入れないが、実際問題として、指定するとアマゾンでも売れなくなり、またBLの場合だと指定された場合に区分陳列も上記の理由によりできない。また、そもそも論として「青少年に性表現が『有害』だ」ということを示しているエビデンスはどこにもない。